『迦陵頻伽 奈良に誓う』に出てくる清酒

本『迦陵頻伽 奈良に誓う』では11種類の清酒名が出てきます。奈良県の地酒として『春日野』、『富祝(とみいわい)』、『鶯乃宿(うぐいすのやど)』、『春のせせらぎ』、宮城県の酒として『春朧(はるおぼろ)』、石川県の『万歳幸』、長野県の『夢の館』、『真清』、再び奈良県の酒として吉野の『八咫(やた)』、『花筏』、そして京都府伏見の『桃の滴』です。

地酒好きの人なら、これらの清酒の名前が実際にある何というお酒の名前を下敷きにしているか分かるのではないでしょうか。

クイズ感覚で答を当ててみてください。ただし、ひとつだけは実際にあるお酒です。それは京都の『桃の滴』です。このお酒だけは、芭蕉が唐招提寺で詠んだ俳句「若葉して御めの雫ぬぐはばや」の新解釈に関係する俳句から名づけられたものですから、実際の名前を出す必要がありました。

『桃の滴』命名の経緯

清酒『桃の滴』は京都伏見の松本酒造さんが作っているものです。この銘柄名は本『迦陵頻伽 奈良に誓う』にも書きました通り、芭蕉の俳句「わが衣(きぬ)にふしみの桃の雫せよ」から付けられました。

しかし、俳句の通りの「雫」ではなく、あえて「滴」と漢字が変えてあります。松本酒造さんから教えていただいたところによりますと、「雫」は雨たれ、雨水を意味し、美味しいお酒のイメージとはならないのではと考えたためだそうです。

親切に教えていただいた松本酒造さんには大変申し訳ないのですが、私の芭蕉の俳句解釈から言えば「雫」のままにしておいて欲しかったなと思います。

確かに「滴」の方が「桃から滴り落ちる果汁」「桃の果汁のように美味しいお酒」を想像させますが、芭蕉のこの句における「雫」は芭蕉が訪問した伏見西岸寺の任口上人の高徳を表し、奥深い意味では「天から降ってくる甘露=飲んだら死なない霊水=仏さまの教え」に繋がっていると考えるからです。

人はそれぞれ好みが違いますから、「果汁のように美味しいお酒」をイメージさせる「滴」の方が良いと言う人、「天からの甘露」を感じさせる「雫」の方が良いと言う人、どちらもいらっしゃるかもしれませんね。

『桃の滴』のラベル

純米吟醸の『桃の滴』のラベルはアメリカ生まれの版画家クリフトン・カーフが描いたもので、非常に斬新なデザインです。

中央に描かれた桃はまるで蕪のようであり、ラベル左側には、お酒を飲んでちょっと酔っているような大黒様が描かれ、「わが衣にふしみの桃の雫せよ」と書かれた掛け軸を持っています。

以前に、私はこの大黒様を芭蕉と早合点していましたが、打ち出の小槌が置いてあり、ラベル右側には恵比寿様と魚も描かれていますので、間違いなく大黒様であると最近認識しました。

蛇足:実際にある地酒の名前

奈良県・・・・・春鹿、豊祝(ほうしゅく)、梅乃宿、春の坂道

宮城県・・・・・春霞

石川県・・・・・万歳楽

長野県・・・・・夢殿、真澄

奈良県吉野・・・八咫烏、花巴

京都府伏見・・・桃の滴