①質問が多い、「聖徳太子は本当にいたの?」

先ごろ、歴史の教科書の表記方法で聖徳太子をやめて厩戸王にしようという新学習指導要領案が出され、結局、教育現場からの反対や学者からの問題指摘などで撤回されました。

聖徳太子が話題になると、よく人に聞かれるのは「『聖徳太子はいなかった!?』という話を以前にテレビでやっていたけど、真偽のほどはどうなの?」ということです。法隆寺へ人を案内した時にも同じ質問をされたので、これはしっかり答えられるようにならなければいけないと思い、調べてみました。

ちょっと難しい話になりますが、興味深い話でもあります。

②「聖徳太子はいなかった」の論者とその説

「聖徳太子はいなかった」という意見を述べている人は歴史学者で中部大学名誉教授の大山誠一氏を始め、石渡信一郎氏、谷沢永一氏、三浦佑之氏など数人います。論陣を張った主な人は大山誠一氏です。大山氏は、その著書『「聖徳太子」の誕生』他で聖徳太子の非実在論を述べ、メディアでセンセーショナルに取り上げられました。

大山氏の論のポイントは、

・王族で、さほど勢力が無い厩戸王は実在したが、多くの業績を上げた「聖徳太子」は実在しない。

・聖徳太子の実在を示す資料は皆無である。

・藤原不比等・長屋王・僧の道慈らが『日本書紀』編纂時に、律令制にとって理想的な天皇像を示す為、聖徳太子を創作。

・聖徳太子に関するいろいろな文物が『日本書紀』以後に捏造された。

というものです。

③大山誠一氏の論への反論

大山氏の「聖徳太子の非実在論」に対して、多くの歴史学者が詳細な論拠を基に批判しました。

それらの論の主なものは、

・『日本書紀』の聖徳太子像に多くの粉飾が加えられていることは、以前から研究者が指摘済み。

・聖徳太子は蘇我馬子に次ぐ勢力の持ち主だった。

・聖徳太子の存在を傍証する資料は、『三経義疏』、天寿国繍帳、法起寺塔露盤銘、『播磨国風土記』等があり、捏造とは言えない。

・理想の天皇像を描くなら、なぜ天皇になっていない聖徳太子を取り上げたのか疑問。

というものです。

*「『聖徳太子はいなかった論』について(2)」に続きます。