第十章 陽光(一部抜粋)

・・・前略・・・

貴一はあずさを連れて、芭蕉の句碑がある旧開山堂のわきの階段を上っていく。ポタッ、ポタポタッと水滴が二人の頭に降ってきた。木々の枝や葉に積もった雪が融けて落ちてきたのだ。貴一は傘を広げてあずさの頭上にかざした。木々の枝が大きく張り出している下を通ると、パラパラッと大小の水滴が傘にあたって音を立てた。

二人は御影堂を囲む土塀のところへ来た。塀の上にわずかに御影堂の屋根が見える。土塀に沿って歩いていき、御影堂の門の前を通り過ぎた。左手は腰の高さの土手になり、土手の上には竹で垣根が作られている。木々が生えていて、その根が地面から浮き出ていた。右手は土手も垣根もなく木々が鬱蒼としている。左手と同じく木の根が地表に出ていた。歩いていく地面の雪は一様ではない。木々の枝と葉が上にあるところはほとんど雪がなく、それらがないところは雪が積もっている。積もった雪も徐々に融けてきて地面がジクジクし始めている。貴一はあずさの手を取った。やがて道の左側が古びた土塀になった。土塀は土の地肌の中に古瓦が幾つもの層を作って塗り込められている。わずかに上に反っている瓦、穏やかにうつ伏せになっている瓦、それぞれが作る波線が静かで美しい。土塀の上には黒い瓦が並び、屋根になっていて、その上にところどころ雪が載っていた。道の右側はこれまでと変わらず木々が生えている。視線を行く手の先に向ければ、雪に濡れた土塀が両側に連なっていた。

塀が切れ、門になっている所を貴一は左に曲がる。あずさも土塀の中に入った。その瞬間、地面の緑が目に飛び込んできた。苔だった。何本もある杉木立が降る雪を止めたのだろう、鮮やかな緑の苔だ。水を吸って生き生きしている。雪が降り、融けていないところはまだうっすらと白い。数多い立ち木の根本の一部は雪がなく土が顔を出している。苔と雪と土が場所を棲み分けているかのようだった。それほど広くはないが、ここは苔の庭なのだとあずさは思った。木々の枝や葉に積もっている雪に陽が射して、そこかしこで銀色に輝いている。雪は少しずつ融け、雫となって小枝や葉の先から落ちている。葉の先端の雫が陽の光を宿し、大きくなって、地面に一つ、また一つと降っていく。

足下を見ると、一本の道が緩やかな下り坂になって前へ延びている。玉砂利が敷かれていて、雪はほとんどなかった。貴一は傘をかざしてあずさと歩いていく。その時、視界を横切るものがあった。小鳥だ。小鳥が鳴いている。リュリュン、リュリュン、リュリューン。ピピーッ、ピピーッ。チュ、チュ、チュ。明るい声が聞こえてくる。パサッと音がした。雪が木の枝から苔の上に落ちたのだ。鮮やかな緑が白くなった。バサッと雪の落ちるもう一段高い音が後方から聞こえた。二人が立ち止まって振り返ると、落ちた雪の後に続く無数の雪のかけらが、陽を浴びて光の霧となり、キラキラと輝いて降っていた。

・・・後略・・・